日本映画にみる沖縄戦の 集合的記憶と歴史認識 ―映画「ひめゆりの塔」(1953)と 「沖縄スパイ戦史」(2018)を中心に―
Collective memory and historical cognition of the Battle of Okinawa in Japanese Cinema : Focusing on the films “Himeyuri no Tô”(1953) and “Boy Soldiers: The Secret War in Okinawa”(2018)
Citations

WEB OF SCIENCE

0
Citations

SCOPUS

0

초록

アジア・太平洋戦争において唯一日本国内での地上戦であった沖縄戦を題材とした日本映画は、一方的な被害と犠牲を前景化する戦争映画とは異なり、沖縄への加害の側面も記録・再現している特徴がある。すなわち、沖縄戦を扱った映画には被害だけでなく、加害の記憶も並存しているのである。ここで注目に値するのは、それらの映画から日本人の歴史認識の変遷や特徴が窺い知れることにある。とりわけ、軍隊(本土側)と住民(沖縄側)の戦争の記憶が克明に対比されている「ひめゆりの塔」(1953)と「沖縄スパイ戦史」(2018)は、戦争をめぐる日本人の歴史認識を読み取る上で重要な手がかりになり得ると考えられる。したがって、本稿では沖縄戦を題材とした2本の映画の評論文や映画情報サイトのレビューなどを参照し、実際に日本人がこれらの映画をどのように受容し、その結果として、どのような集合的記憶が生成されているのかを明らかにした。更に、そうした集合的記憶が生成される背景やプロセスを戦争責任問題と交えつつ考察した。これを通して、戦争をめぐる日本人の複雑な歴史認識の一端を読み取ることを試みた。

키워드

日本映画沖縄戦集合的記憶歴史認識戦争の記憶ひめゆりの塔沖縄スパイ戦史Japanese movieBattle of OkinawaCollective memoryHistorical consciousnessMemory of warHimeyuri no TôBoy Soldiers: The Secret War in Okinawa
제목
日本映画にみる沖縄戦の 集合的記憶と歴史認識 ―映画「ひめゆりの塔」(1953)と 「沖縄スパイ戦史」(2018)を中心に―
제목 (타언어)
Collective memory and historical cognition of the Battle of Okinawa in Japanese Cinema : Focusing on the films “Himeyuri no Tô”(1953) and “Boy Soldiers: The Secret War in Okinawa”(2018)
저자
박동호
DOI
10.21481/jbunka..89.202105.67
발행일
2021-05
저널명
日本文化學報
89
페이지
67 ~ 86